死から学ぶ命の尊さ(友人の子供達の話から) Lessons from life and death (My friend’s children’s story) -Japanese

友人達のお母さんぶりからいつも学ぶことが多いが、昨日の話も然り。家庭でこんなに自然に命の尊さを学べるなんて、すばらしいと感嘆すると共に、暗いニュースの伝わる日本の家族に希望の光を感じてあたたかい気持ちになった。

一つの話は、子供達が危篤のおじいちゃんのために、一生懸命に心をこめて千羽鶴をつくった話。結局、必死につくったのだけれど、間に合わずおじいちゃんと一緒にお棺に入れてあげたのだそうだ。勿論想いは通じていたと思う!そして続いたおばあちゃんのお弔いの時、お通夜やお葬式を通してぶっとおしで子供皆で千羽鶴を折った。その子供達の純粋さと真剣な面持ちで織り続ける強い深い想いのもたらす美しさが目に浮かび、胸が熱くなった。しかも、2日で千羽を折り上げたのだという!そして、その千羽鶴を焼いた後、不思議なことに一つの折り鶴が一寸の型崩れもなく、そのままの形で黒く焦げて出てきたのだそうだ。私の友人はあまりに感銘を受け、骨壷にそのままの形で入れてくださいとお願いした。すると親戚一同が同じことを感じたと後できかされたらしい。勿論崩れるのは分かっていたが、係りの人もそっと入れてくれた。生前のおばあちゃんの口癖が「みんな仲良くね。」だったらしいから、お葬式で子供達が騒いで楽しんでいた様子に、これからもそんな風に仲良くね、というおばあちゃんの伝言だったのかなあ、と友人は言った。私は、みんな心をこめて折ってくれてありがとうね、という気持ちを伝えたかったのかな、と思った。

とてもつながりのあった日本の祖母が亡くなった時、カナダにいてとても悲しかった。生前祖母は妹が私より早く結婚したのを気にして、「大丈夫。残り物には福があるからね。大福が来るからね。」といつも言っていた。マクドナルドで祖母を想い涙が出てきた時、突然”Save the best smile for the last”(一番いい笑顔は最後までとっておいて)だったかの音楽が流れてきた。その瞬間祖母の生前の口癖を英語で駆使して伝えようとしてくれたと感じて(祖母は英語が話せなかったので)、嬉しさとおかしさで泣き笑いになったことを思い出した。

友人から更に「葬式は孫の祭り」というのだと教えてもらった。親戚一同が集まるから子供には楽しい宴な訳で、旅立つ魂の慰めなのだから、子供を始終静かにさせる必要はないのだと。私もふと、お坊さんから「お葬式は残されたもののためー故人は既に仏様になっているので、本来お墓もいらない」ときいたことを思い出した。魂はお勤めを終えて執着なく天国に渡るべきだから、本当はお祝いするのが筋かもーもしかして子供は本質的に分かっているのかも、と考えたりした。

そして、生のすばらしさに関して、彼女のもう一つのお話。子供達は皆子犬の出産を自宅で体験した。昼過ぎから夜遅くまで全部の子犬が生まれるのを、一部始終見守っていたのだ。それだけでも言い尽くせない体験だと思うが、その後、そんな風に見守られて頑張って生まれた子犬が、障害があったため、一匹、一匹と息をひきとっていった。子供達は管を通してミルクをあげるなど、必死の思いで何とか生き延びてもらおうと毎日毎日頑張った。何匹かがなくなってしまい、悲しくて悲しくてしばらくは皆ずっと泣いて暮らしていたのだという。獣医さんは、「それだけ頑張って尽くしても息をひきとったということは、そういう定めで生まれてきたんだから、みんなのせいじゃないよ。」と言ってくれたらしい。素敵な獣医さん!その後、子供達のためにも、亡くなった4匹を手に皆でお寺に言ってお経をあげてもらった上、お墓をつくって埋めたのだという。

私は涙ぐみながらきいていた。昨今、死んでもリセットして生き返ってくる、と簡単に自殺したり、人を殺してしまうバーチャル感覚で、命の尊さが伝わらないときく中で、こんな風に命の尊さを学んでいる家族があるなんて!友人宅では皆「殺すぞ」とか「死んでしまえ」という言葉の持つ意味を子供達が深いところで理解しているので、思わず口から出てしまった時、親が一言言うだけであっと、すぐに撤回されるのだとか。昔は大家族や地域で死や誕生の場面に出会うことがたくさんあったからこういうことは日常で学べたのだろうな。。。と思ったが、いや今だってこんな風に命の尊さは学べる!これが家庭の日常生活の中でできるって本当にすばらしい。こういう子達が育っていくから日本もまだ大丈夫だと。こういうことこそ、伝えなくては、と思う。感動をそのまま書きとめた。感謝して。 野沢綾子

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