森の恵みを感じてーきのこ狩り Blessings from the forest- Mushroom picking

森の恵みを感じてーきのこ狩り 2007.9

9月というのに雨と晴天が何度となく一日中入れ替わり、肌寒かったり暑かったり、とおかしな天気が一週間程続きました。夏はもう去ってしまったかと思われるような9月中旬の週末、きのこ狩りにいきました。

もともとドレスデン郊外の豊かなタラントの森の古城でストーリーテリングのフェスティバルが行なわれるときいたのがきっかけでした。ドレスデンから車で40分程、タラントの小さな小奇麗な街並みを通り、小道を曲がると家々がだんだん少なくなり、森の中に入っていきました。はっとするような広い丘から辺り一面を眺め、曲がった道を更に進んでいくと、だんだん道の両側が生い茂った感じの深い森の中に入っていきます。この森のすばらしさを感じました。

夫は途中にとめられた車を見て、ここにはきのこがある、といてもたってもいられなくなり、ちょっとよってみよう、と車をとめました。小雨が降るくらいは大丈夫。どしゃぶりの一週間のヨガトレーニングキャンプでぬれずに生き残れたすごい雨合羽が常に車に積んであります。かごいっぱいのきのこを持って出てくる人を見て、夫は落ち着きがなくなり車を出るが早いか、とっとと、森に消えていってしまいました。それを走って追いかける上の息子。下の息子と私はもぞもぞしながら、やっと車を出て、ゆっくり歩き始めます。結局一巡してフェスティバルに向かったのですが、手ごたえは充分でした。

さて翌朝、夫は起きるとすぐに、あの森にきのこ狩りにでかけよう、といそいそと食べものやかごの用意をはじめ、同じく自然派志向のウクライナ人ファミリーにさっそく連絡しました。

雨合羽の上から、下の息子がのったショッキングピンクの傘つきのしょいこをしょって、かごを片手にした夫は、怪しいきのこ狩り隊員。こんな雨に森にくるなんて、ウクライナ・ファミリー位だ、と笑いながら、さて、出発。

息子達の雨よけ支度に構う私をよそに、友人一家は皆既に目つきがハンターの目にかわり、さささと森に消え、次々と直径15cm程あるかさのきのこを見つけては慣れた手でかごに入れていっています。それを見て、私も心を入れ替え?探してみるのですが、夫に出会ってから始まった私のきのこ狩歴(10回に満たない)では、まだどこにあるのかあまり検討がつきません。

それでも静かに森に踏み込んでいく内に心が研ぎ澄まされていきました。心がオープンになって、森の神様、このすばらしい恵みをありがとう!と言ったとたん、それはどうも、とでもいうように、倒れた木の下に二つの10cmほどの白いきのこがぼんぼんっと立っていました。どきっとしました。

どきどきしながら、夫の鑑定を待つと、認定!やったー。森の恵みを頂きます、という神聖な気持ちと子供のようにうきうきしてくる楽しい気持ちを抑えながら入刀。これがセンス・オブ・ワンダーなんだろうなあ、と。そしてやっぱりこういう心境で探すものなんだな、とも。

初めて見つけた大きなきのこを一番奥の深いところからナイフで切りとります。夫いわく、切り口から菌がまた繁殖できるよう、根こそぎ引っこ抜かず、必ずナイフで切るようにということ。やはり彼のきのこ狩り歴は長そう。。。

その昔きのこ狩りのシーズンになると、小さかった彼は早朝に起こされ、眠い目をこすりこすり、それでも頑張って行ったそうです。一度は親戚一同でトランクいっぱいに入りきらない程とってへたとりなどの準備が大変だったと楽しそうに以前話してくれました。

カナダにいたときも、そういえばきのこのシーズン、ビニール袋をもった東欧出身(ロシア語やポーランド語などを話す)の人達に森でよく会いました。落ち着かない挙動不審の目が同じ!この辺に住む人は、じゃあ、きのこシチューでもしましょっか、とこの森に来られそうでいいな、と羨ましくなりました。

面白いのですが、とってやるぞーと欲丸出しだと見付からないのですが、あの不思議なオープンな感覚になると途端にきのこがひょっと現れるのです。友人がその内、これでもか、これでもか、と続いて大きなきのこを見つけて、ハイになり、
「キャー、またあったー!」
とか、
「かごに入りきらないのに、見付かっちゃうのよー!」
と言いながらげらげらと笑いがとまらなくなっている様子に、私と夫は
顔を見合わせ、
「きっと笑いキノコにやられちゃったんだよ、あれは。」
と大笑い。

帰りがけ、友人は
「もってきてたベビーカー、どこに置いたのかわからなくなっちゃったー。
しかも、人に見付かってとられないようにって、よーく隠したのよのね!」
と笑っているのには、こちらもげらげらと笑い出してしまいました。

「たくさんきのこを見つけた彼女、ベビーカーが見付からなくなって、その内
その彼女が見付からなっちゃったりして。。。」
とみんなで冗談をいいながら、車のあった舗道の方に歩き出しました。ところが、私達もきのこ狩りの内にどこを歩いていったのか、遠くにやっと見えた車の影は意外な方向でびっくり。彼女のことは笑えませんでした。

上の子供達は終始私達の周りをぴょんぴょんとぶように草や木をまたいで、大人に特にかかわるでもなく、離れるでもなく、自分達で楽しんでいるようでした。我が家の下の息子は、森林浴をしながらしょいこで、ぐーぐー。お父さんに手をひいてもらいながら森を歩き、キノコをみつけてうーうーと指差す友人の下の子のその顔が輝いていました。それはそれははっとするような顔でした。1歳半にして自分でキノコを見つけその喜びを表現して伝えるこの体験。これこそが教育の真髄!と感動しました。

お父さんも彼が最初は森をおそるおそる歩いててどうかな、とも思ってたけど一時間でここまでになったよ、と嬉しそう。次は家の息子も歩かせたいなーとつくづく思いました。

彼女達の家での遅昼のごちそうは、勿論きのこ料理。皆でわいわいがやがやときのこの表面を包丁で削って、ただたっぷりのオリーブオイルと塩コショウでたまねぎと長くいためるだけでシンプルにふかしたポテトと一緒に食べるだけ。とりたてのきのこの風味だけで味わう究極の一品。

あーそのとりたての香り深いきのこのおいしかったことといったら。うーん、といったきり、皆言葉が出ない。下の息子もキノコ、キノコ、と覚えたての言葉を連発してきのこだけをすくって食べていました。ヨガを教える前であったもかかわらず、おなかいっぱいお代りをして、夫に追い立てられやっと腰をあげて出発する始末。

ヨガ後は来ていた人にキノコ狩りの話ばかりをする私。どうやら私もキノコ菌にやられたかしら?おかげで、幾人かは一緒に行こう、というはめに。今度はピクニックをして一日いたいと思いました。

森の恵みを、本当にありがとう。私達はこんなに恵みを受けているのに、それに見合うお返しどころか、頂くばかりで。。。とせめて落ちていたゴミを拾って帰りました。

森効果はその後の一週間のリズムをすっかりゆったりに、変えてくれました。「以前はよく森にもいっていたのに、すっかりこういう感覚忘れてたな。。。最近週末何をずっとしてたのかな。」と夫と話していました。その後、何か特別なことをしたというわけでもないのですが、日々のルーティンをこなして川原を散歩して、息子と丸い石を拾って、野の花を摘んで家に帰たり、道でどんぐりをくわえたリスに出会って、お互いにびっくりの顔で見合わせたり。ずっと、息子とは川や森にも散歩に行ってたはずなのに、ゆったりライフをと言いつつその中でも知らない内に心のスピードが増していってしまっているのでしょう。

逆に表面上はゆったりには見えない生活をしていても、心のスピードがゆっくりして平和であったら、それでもいいのかもしれませんね。忙しい生活の中でも心のスピードを時々確認できるようにしたいものです。

野沢綾子

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