夏の学びー大きな命「Summer reflection」(in Japn.)

今日8月26日は恩師故ヨギ・バジャンの誕生日。この夏の
ことを書くには、 絶妙な日だ。 6月末から、レベル1クンダリ
ー二ヨガ指導者養成コースの最終インテンシブ・ウィークへ
の 同行し、日本でのファミリーヨガ・キャンプを終え、
8月ヨーロッパ・ヨガ・フェスティバルへの参加し、
とにかく濃厚な夏だった。

帰ってきて、その効果がじわじわと現れ、消化し続け、変化も更に続き、今
日になってやっと少し振り返ることが可能になった。
< 指導者養成コース
> ヨーロッパ最大のANSスクール(www.amritnamsarover.org)
の指導者養成コースの最終週は7月4-12日。
アルプスのふもとにヨーロッパを中心にした約200人(スタッフも含め)が参
加。
論理・ヨガ実技のほかにも実際の体験を通して自分自身を見つめる内容で、
ヨーロッパ各地で5週末のコースを終えた
後の仕上げ週であることもあり、
とにかく参加者の変容が半端でない。
その包括的な体験は一種のアートともいえ、年々参
加者が増える一方である。
10-15人のグループに1-2人の先生、メンターがつく。私もずっとサポー
トしてきた
ベルリン・グループのメンバーにつき、スタッフとしては2回目の参加だ。
大の大人が、ひっ
ぱがされ、限界に打ちひしがれ、時には号泣し、笑い、歌い、顔つき、体つ
きまで
変わる。まるで、生まれ変わりに立ち会うかのようだ。
日一日と参加者の変容が深まる様子には、胸が震え、その深遠さ
に立ち会えた光栄に頭を下げたい思いだった。
参加者の一人が、広島原爆、神戸震災、ドレスデン洪水を体験、ある
いは体験した友人・家族を持ち、ベルリンで指導者養成に加わっていた
。すごい癒しの役割を背負った人だと思ったが、その痛みが一挙に出て、
苦しんだ結果、勇気を振り絞って言葉をかみ締めながら、長い発言をした。
ベルリンのメンバーは皆涙できいていた。ベルリンとて東西分裂など、
癒しの課題の深い街だ。戦火の中逃れて誕生したメンバーの一人から、
ベルリン・ドレスデンも降伏しなければ原爆投下予定場所であ
ったことをきき(彼女はイギリス人と結婚した。)思わず、戦慄が走った。
そのミーティング後、もう一人の先生に会うと、思わず抱き合ってただ泣けた。
背負ってきたものや、
私達の知りえることの小ささ。
個人の大変、嬉しいを越えた
、スケールの大きい宇宙の計画の緻密さに、言葉が
出なかった。
人は個々人には想像できない、本当に大きな
青写真の中で生かされ
ていて、 常にそれぞれ、最善の場所、

善のタイミング、最善の人々に配置
されているとしかいない。
だからこそ、その場にいて、来るものを拒まず、己を尽くすだけ。
それだけでいい訳だ。言ってしまえば「天命を信じ、人事を尽くす」と
いうところだろうか。がむしゃらにならずに、ただ自分であればいいのか、
と力が抜ける0
それを忘れないための決定的な
学びの碇を授かったといえる。
<ヨガ・ファミリーキャンプ>
日本初のファミリー・キャンプも、不思議と人が集まり、私はオーガナイザ
ーであったのにもかかわらず、リードをしないリーダーシップを学んだ。
仕事をしていた時代は、どちらかというと、一人でやって
きりきりしてしまうリーダー型だったと思ったのだが、今回は前後に色々
予定もある上、自分の子ども達も参加し、状況が一人で引っ張れなくしてい
た。
スタッフが本当にすばらしく、ほとんど奉仕なのだが、各々の場で人事
を尽くすことを知っている人ばかりなので最小限な打ち合わせのみで、全
てが滑るようにリラックスした雰囲気の中うまく回っていっていまうのであ
る。大きな流れに任せると、後は自分の”分”をわきまえて「一所懸命」に事
に励むのみ。
それを反映するかのように参加者からもこんなにリラックスしたのは初め
てというコメントが。8人の子どもの存在もすばらしかった。是非続けて欲
しいという声が上がったので、今後は日本の先生が
引き継いで下さることになった。
<ヨガ・フェスティバル>
極めつけは10日間の第32回ヨガ・フェスティバル。約1800人
がヨーロッパを中心に世界中から集まった。子どもも250人と過去
最多。一大ヨガ・ビレッジである。
星空のもと始まる早朝のヨガ・パワー。マントラを唱えながら、心が
打ち震えるような
瞬間があった。1800人の声がほんとに一つの静かな
声になって、終わってからも皆続くのが当然のように、
暗黙の了解で(1800人の!)ほとんど自動的といって
いいほどに、しばらく続いた
のである。
そのパワーはハートチャクラをこじ開けた。終了後、多くの人が
ステージでリードした人に感謝して
いたが、
私もありがとうといった途端、泣きやめなくなってしまった。
本人達も抱き合って泣いていた。何かが起こったんだ、
やはり。あの
ONENESSを皆も体験していたに違いない。
毎日ヨガのワークショップが続くが、ヒーリングワークはかなりしたから、
と思っていたのに、ひょんなことから過去の傷を癒すという題名のワー
クショップ(self-worthというアメリカ人のサントークの著名なワー
クだったらしい) に参加することになってしまった。意外にも、誕生前の
イメージが浮かび、おなかの上部の緊張が解けていくのが分かった。
子育てのストレスが爆発してしまった時の罪悪感も出てきて、
終わると身が軽くなったのが分かった。
潜在意識の浄化といえば、3日間一日中続くホワイト・タントリックヨガ。
ペアを組んで長めの単純なポーズを幾つかするのだが、これで1800人
のエネルギーがすっかり変わるのが分かる。
1800人の最前列で、夫と途中で不謹慎にも笑いがとまらなくなった
のだが、ありがたいことに、これも弛緩だからということで咎められるこ
ともなく、大声で笑いに身を任せた。そういわれれば、こうやって夫婦でお
腹を抱えて(ヨガ中で実際にはお腹は抱えられないが)こんなに長くげらげ
ら笑い合えたのは久しぶりだ。関係が癒された感じがしたが、夫もすごい
エネルギー交換を感じていたらしい。
今回は、背中の中心部と横隔膜の部分が痛くて仕方なくなったのと、
大欠伸がとまらなく、首の後ろやのどが開いていくのが分かった。ヨガ
で体の構造やリズムが変わっていく様子を反応せずに淡々と見守り
観察する。
平和の祈りデーを終えると、この気持ちを日々の生活にも生かしてい
ければと穏やかな気持ちで帰ってきた。微妙な変化は続く。
夏前に浮かんだ「子ども部屋」つくり計画がさっそく施行され、なかなか
の大移動で、中が色々変わった。引越しもしないので外身は一緒だが、
内側が変化した。
代替医療ドクターの友人が寄ってキネスソロジー(3In1テクニック)を
してくれた。子ども時代から、自分の創造性を代償にして「勉強」で昇華
させ、認めてもらおうとするパターンに閃光の気づきを得た。
自分の子ども時代の荷物が軽くなったからか、子ども達との関係も、
軽やかになった。いみじくも、次男がおたふくで自宅にいたので、毎日
時間に終われず、のんびりと楽しく過ごせたのも久しぶりだった。
寝しなに、「ベビーの時、間違って色々怒っちゃってごめんね。怒っちゃ
うとね、後ですごく悲しくなるんだ。大好きなのになんで怒っちゃったのか
なってね。」というと、「いいよ。」と、こっくり頷いてた息子。
親の無償の愛とはいうものの、子どもこそ、つくづく究極の無償の愛、
ゆるしのお手本だ。親のエゴで怒ってしまっても、又あの笑顔で頼って
くれるのだから。頭が下がります、師匠。
ここ4,5年根詰めてたヨガも、気張らなくてもいいかと、ふと余分な力
が抜けたようだ。本当?と確認するかのように、ヨガクラスや参加予定の
セミナーも次男の病気でキャンセルになって、焦ったりもするのは、ま
あ、ご愛嬌。
ヨガクラスにも変化の兆し。目に見える変容のためにか、ハードなもの
が多かったのが、リラックス系にかわり(内側の静かな変化)、アクエリ
アン時代に近づく変化が私の中でも起こっているかのようだ。
日々精進している経験者の方から見れば、こういう自己変容の様子を
ブログに書いてるうちはまだまだだというところだが、まあ、これもプロセ
スとして受け止めるということにして。
私の師が「来年教えよう、その次には。。。と色々考えなくても、一
人一人が輝ける場所は必ずやってくるから心配するな。」といった
言葉が、今回やけに身にしみた。終戦記念日で新しい7年周期の幕
開けの誕生日を迎え、動的な外側の変化より、より内的変化に向かっ
ていく兆しを感じている。
そして、起こっていることが、何もかもそうなることになっているとしたら。。。
。。。もう謙虚になるしかない!
生かされて今ここにいることへの多大な感謝。やっぱり大きな命の
一部なのだ、私達は。
(西洋的にいうと、創造主の創造物の一部。)
というわけで、Ek Ong Kar (=創造主とその全創造物は一つ)
Kaur/野澤綾子でした。
Sat Nam,
皆さんにとって素敵な秋への移行になりますように。。。

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